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豊登道春といえば、日本プロレスで力道山のパートナーであり、力道山亡き後、短期間ではありますがエースと社長をつとめたレスラーです。その豊登がプロレスラー生活で唯一戴冠したシングル選手権といえば、1964年12月4日、東京都体育館でザ・デストロイヤーを破って奪取したWWA世界ヘビー級選手権です。WWAといえば、タイトルを巡るゴタゴタがいろいろ語られていますが、21世紀の先日、そのチャンピオンベルトがヤフオクで落札しました。1,611,000円だそうです。



私がその情報を得たのは、Facebookのこちらの投稿です。



WWA世界ヘビー級選手権について簡単に振り返りますと、力道山は、もともと分派が発生してゴタゴタしているNWAよりも、その分派の西部団体、NAWAとの関係を重視していました。

NAWAというのは、一応、複数の団体のアライアンスという体裁になっていましたが、現実に使われたタイトルの名称はWWAです。

それで、力動山は、フレッド・ブラッシーを破ってWWA世界ヘビー級選手権を取り、しばらくタイトルを巡る抗争を繰り広げていますが、その間、自分のインターナショナル選手権は休眠させています。

そして、現在、東京大田区池上にある池上本門寺の墓には、「元WWA世界ヘビー級チャンピオン」と刻まれています。

事実上、お手盛りのインターナショナル選手権よりは、アメリカのテリトリーに実在した世界タイトルを取ったことのほうが名誉なことだったのでしょう。

力動山の死後、今度は1964年12月4日、東京都体育館にて豊登道春がザ・デストロイヤーからWWA世界ヘビー級王座を奪取します。

たしか、まだ力道山の敬子夫人が社長の頃で、ベルトとともに、豊登と敬子夫人の2ショットの写真をプロレス雑誌で見たことがあります。

しかし、WWA世界ヘビー級選手権は、ロサンゼルスでは移動していないことになっていて、ペドロ・モラレスを経てルーク・グラハムがチャンピオンを名乗っていました。

そこで、豊登が乗り込んでいって、いったんは勝って2本のベルトを巻きましたが、結局は取られてしまいました。

ちなみに、その頃復活した、ジャイアント馬場のインターナショナル選手権も、WWAおよびJWC認定とコミッショナーは宣言していましたね。

その、豊登道春が巻いたベルトがヤフオクで落札したのです。

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門茂男氏が所有していたベルトか


長い前置きになりましたが、さっそく該当ページを閲覧しました。

http://page19.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/x463544622

こう説明されています。

昔プロレス関係の方と結婚した際に譲り受けたものでございます。

どうも、この「プロレス関係の方」とは、門茂男氏のようです。

いうなれば、門茂男氏の形見のようなものですが、結婚された方は、経済的に困っているのでしょうか。

それとも、門茂男氏が亡くなってかなりたつので、再婚されて、遺品を整理しているのでしょうか。

そういう詮索はともかくとして、

【サイズ】
全長(平置):約110cm 幅(最大):約16.7cm
【重量】
約935g
※当方が測ったものですので、若干の誤差がある場合がございます。

と書かれ、ベルトの写した画像が大きく掲載されていますが、傷や汚れなどがリアルです。

これは、マニアだったらほしいでしょうね。

ただし、もうオークションは落札済みで完了しています。

それが、タイトルに書いた1,611,000円です。

ヤフオクでは、以前は国際プロレスのIWA世界タッグ選手権が出品されていたこともありますし、目が離せませんね。

日本プロレス事件史 vol.26 格闘技の波 (B・B MOOK 1340 週刊プロレススペシャル)

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  • 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
  • 発売日: 2016/10/17
  • メディア: ムック

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