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that's newのカテゴリ記事一覧。昭和プロレスの「その時」と「今」をweb採録していきます

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アントニオ猪木と大熊元司。昭和プロレスの原点は日本プロレスにあり、ですが、その中で、接点がなさそうであったのが、この一葉でわかります。これは、第11回ワールドリ..

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ザ・グレート・カブキ ..

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『“東洋の神秘”ザ・グレート・カブキ自伝』(ザ・グレート・カブキ著、辰巳出版)。昭和プロレスファンの方々はすでに読まれたと思いますが、米良明久時代→高千穂明久→..

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ボボ・ブラジル ..

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大木金太郎とボボ・ブラジルでは、果たしてどちらが石頭だったんだろうか?という質問の投稿が、Facebookにありました。どちらも頭突きで一世を風靡したレスラーで..

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アントニオ猪木、第11回ワールド・リーグ戦優勝 ..

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アントニオ猪木が日本プロレス時代、1度だけジャイアント馬場を超えたのが、第11回ワールド・リーグ戦で優勝したことです。その記念すべき決勝戦が、47年前の5月16..

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『東京スポーツ』(2016年3月9日付) ..

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高千穂明久が、ジョニー・バレンタインを破って、坂口征二の返上したユナイテッドナショナル選手権新王者に輝いたのが、1973年3月8日の佐野市民体育館大会。この模様..

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永島勝司氏が、坂口征二は何故、全日本ではなく新日本を選択したのかについて語っている『プロレス界最強仕掛人 永島オヤジの まぁだま~って読んでみてよ』(晋遊舎)を..

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日本プロレス ..

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日本プロレスが、いよいよ幕を閉じることを発表したのは1973年4月14日。力道山の街頭テレビ中継以来、安定した視聴率を確保してきたテレビソフトとしてお馴染みの「..

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坂口征二 ..

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坂口征二の連載は、最終回(「東京スポーツ」2009年12月9日付)をご紹介します。日本プロレスと新日本プロレスの「合併話が大木金太郎さんによって流れ」(坂口征二..

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坂口征二が語る日本プロレスと新日本プロレスの合併話と破綻経緯 ..

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坂口征二が、マサ斎藤の仲介で、アントニオ猪木と会って話をしたところまでが前回です。今回(2009年12月2日付)は、それを受けてNET(テレビ朝日)が、日本プロ..

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坂口征二がアントニオ猪木を選んだ ..

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坂口征二が、ジャイアント馬場と遺恨はないものの、合流しなかったことは前回書きました。今回(「東京スポーツ」2009年11月25日付)は、いよいよアントニオ猪木と..

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アントニオ猪木と大熊元司の気になる関係、その真相は?

アントニオ猪木と大熊元司

アントニオ猪木と大熊元司。昭和プロレスの原点は日本プロレスにあり、ですが、その中で、接点がなさそうであったのが、この一葉でわかります。これは、第11回ワールドリーグ戦前夜祭の控室であると思われます。さて、“馬場派”の大熊元司がどうしてアントニオ猪木と一緒に?

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『“東洋の神秘”ザ・グレート・カブキ自伝』で知る昭和プロレス

ザ・グレート・カブキ

『“東洋の神秘”ザ・グレート・カブキ自伝』(ザ・グレート・カブキ著、辰巳出版)。昭和プロレスファンの方々はすでに読まれたと思いますが、米良明久時代→高千穂明久→ザ・グレート・カブキ時代と、50年にわたるプロレス生活を振り返っている書籍です。今回は、昭和プロレスの述懐で興味深い件があったので、書き留めておこうと思います。

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大木金太郎とボボ・ブラジル、どちらが石頭だったか?

ボボ・ブラジル

大木金太郎とボボ・ブラジルでは、果たしてどちらが石頭だったんだろうか?という質問の投稿が、Facebookにありました。どちらも頭突きで一世を風靡したレスラーです。過去の対戦では、頭突きで決着がついた試合はなかったはずですが、私はボボ・ブラジル、という結論を出しています。

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アントニオ猪木、第11回ワールド・リーグ戦優勝(1969,05,16)

アントニオ猪木、第11回ワールド・リーグ戦優勝

アントニオ猪木が日本プロレス時代、1度だけジャイアント馬場を超えたのが、第11回ワールド・リーグ戦で優勝したことです。その記念すべき決勝戦が、47年前の5月16日に行われました。『東京スポーツ』(2016年5月11日付)の小佐野景治氏の連載で紹介されています。

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高千穂明久UN選手権戴冠を最終回とした日本プロレス中継最後の日

『東京スポーツ』(2016年3月9日付)

高千穂明久が、ジョニー・バレンタインを破って、坂口征二の返上したユナイテッドナショナル選手権新王者に輝いたのが、1973年3月8日の佐野市民体育館大会。この模様は、43年前の今日、すなわち3月30日にNETテレビの『NET日本プロレスリング中継』で放送されました。

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永島勝司「坂口征二は何故全日本でなく新日本を選択したか」

東京タワーズ

永島勝司氏が、坂口征二は何故、全日本ではなく新日本を選択したのかについて語っている『プロレス界最強仕掛人 永島オヤジの まぁだま~って読んでみてよ』(晋遊舎)を読みました。

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日本プロレス、登記簿謄本の真実

日本プロレス

日本プロレスが、いよいよ幕を閉じることを発表したのは1973年4月14日。力道山の街頭テレビ中継以来、安定した視聴率を確保してきたテレビソフトとしてお馴染みの「プロレス」にとって歴史的出来事でした。

池上本門寺に、長谷川(芳の里)淳三代表、力道山夫人の百田敬子さん、大木金太郎以下、9名のレスラー達が集まり記者会見を開いた。日本プロレス興業が、この日で活動を停止すると発表されたのです。

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坂口征二、日本プロレス時代の最後の興行を語る

坂口征二

坂口征二の連載は、最終回(「東京スポーツ」2009年12月9日付)をご紹介します。日本プロレスと新日本プロレスの「合併話が大木金太郎さんによって流れ」(坂口征二)、坂口征二は、小沢正志(キラー・カーン)、大城大五郎、ドナルドタケシ、木村聖裔(木村健悟)ら若手4人を連れて日プロを離脱し、新日本プロレスに行くことになりました。(上の画像はGoogleより)

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坂口征二が語る日本プロレスと新日本プロレスの合併話と破綻経緯

坂口征二が語る日本プロレスと新日本プロレスの合併話と破綻経緯

坂口征二が、マサ斎藤の仲介で、アントニオ猪木と会って話をしたところまでが前回です。今回(2009年12月2日付)は、それを受けてNET(テレビ朝日)が、日本プロレスと新日本プロレスとの合併を進言、というよりテレビ放映権をたてに強く求めます。それに対して日本プロレス選手会はどういう態度をとったかが坂口征二によって語られています。

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坂口征二がアントニオ猪木を選んだ真相

坂口征二がアントニオ猪木を選んだ

坂口征二が、ジャイアント馬場と遺恨はないものの、合流しなかったことは前回書きました。今回(「東京スポーツ」2009年11月25日付)は、いよいよアントニオ猪木と会い、夢を語り、合流に近づいたあたりが語られています。昭和プロレス的にはエポックメイキングな日といえるでしょう(画像は「東京スポーツ」11月25日付より)

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