アントニオ猪木。昭和プロレスの中では、同期であるジャイアント馬場に対する強烈な対抗意識が語りぐさです。新日本プロレスを設立後は、つねにジャイアント馬場を挑発。いつでもどこでもたたかうと言っていましたが、実際に全日本プロレスが「オープン選手権」を開催すると、ピル・ロビンソンとの一騎打ちが決まっていることを理由に不参加を表明しました。

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