ジャイアント馬場

ジャイアント馬場といえば、作家・村松友視が「プロレス内プロレス」とかつて名付けたほど、プロレスの予定調和的な面を大切にするレスラーです。そして、因縁で物語を作ることを好みません。そんなジャイアント馬場が、めずらしくロープに両足をかけ、ポーズをとったことがあります。(画像は『激録馬場と猪木7』「東京スポーツ」新聞社より)

1968年11月29日 富士製鉄健保体育館
NWAチャンピオンシリーズ
・30分1本勝負
ブルート・バーナード
7分22秒 反則
ジャイアント馬場

当時のNWA世界ヘビー級チャンピオンはジン・キニスキー。

昭和プロレス的には、忘れてはならないレスラーです。

今シリーズ、その次に位置する外人がブルート・バーナードです。

そのブルート・バーナードに、ジャイアント馬場が反則負けをしました。

もちろん、ブルート・バーナードが反則を繰り返して、堪忍袋の緒が切れたジャイアント馬場が暴走、という展開です。

本来、ジャイアント馬場はラフファイターが好きで、ブルート・バーナードは外人の主力の一人にはなりえますが、決してジャイアント馬場が苦戦する相手ではありません。

この結果は、当然、シリーズ終盤で決着を着けるための盛り上げなわけです。

ピンフォールをとられる完敗というわけにもいかず、相手を引き立たせるために上記のような試合結果となり、このようなポーズもとるわけです。

今日の試合は暴走してしまいましたが、今度はやっつけるので、次回を楽しみにしていてくださいね、というわけです。

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ジャイアント馬場ほどの大きな人が、ロープに足をかけたら、間近で見た人はそれは大きく感じたでしょう。

ただ、ジャイアント馬場は、あまり因縁で物語を作ることは好まないので、後日に課題を残すようなふるまいはめずらしいのです。

おそらくは、次の試合を意識したものだと思われます。

この日は、日本プロレスに復帰したアントニオ猪木が、初めてシングルでメインをとった日です。

アントニオ猪木対ジン・キニスキーの60分3本勝負。

ノンタイトルとはいえ、アントニオ猪木にとっては世界チャンピオン相手にシングルのメインです。

結果はキニスキーが勝ったわけですが、アントニオ猪木が、メインの試合をきちんと作れるかどうかはまだ未知数でした。

そこで、セミファイナルをつとめたジャイアント馬場は、前座が客を温めたその仕上げを行うことと、メインをアントニオ猪木に譲ったことで、めずらしく自分の存在感をアピールしようとしたのかもしれません。

よくBI砲などといわれますが、この辺の時期は、明らかにBとIでは格が違っていたわけです。

ジャイアント馬場は、メインが当たり前。一方のアントニオ猪木は、初めてのメイン。

2人は年齢も違いますから全盛期も少しずれていますしね。

ミスター高橋が、日プロ時代のBIを戦わせたら、アントニオ猪木先勝で、でも結果的にはジャイアント馬場の2勝1敗にするだろう、と述べていましたが、この時期は、「1敗」すらも考えにくい状態だったかもしれません。

昭和プロレス、古き良き時代のプロレスです。

激録 馬場と猪木〈第7巻〉BI砲“最後の蜜月時代”

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  • 作者: 原 康史
  • 出版社/メーカー: 東京スポーツ新聞社
  • 発売日: 2000/11
  • メディア: 単行本

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