日本プロレス道場

ジャイアント馬場とアントニオ猪木が、序盤戦でまたしても組んだ。今回は先輩レスラーのミツ・ヒライが加わっての6人タッグマッチであるが、序盤から2度目のBI砲揃い踏みは、前日、スカル・マーフィー、クロンダイク・ビルが、キム・イル大木金太郎、吉村道明組を破り、第21代アジアタッグチャンピオンになったことが背景にはあるだろう、というのが昭和プロレス的解釈である。
シリーズ前半は、第21代アジアタッグチャンピオンになったスカル・マーフィ、クロンダイク・ビルを前面に押し出した興行を展開したようだ。

まあ、チャンピオンが強くなければおかしいしね。

アジアタッグの外人組戴冠は、8組目になる。いずれも、片方は来日外人のエースであり、もうひとりは、そのシリーズでプッシュしたい格下の外人が組むことが多い。

クロンダイク・ビルを、今シリーズ来日外人の台風の目にしたいという興行的な方針が伺える。


1968年7月9日
★日本プロレス
サマー・シリーズ
茨城県土浦市亀城公園
・6人タッグマッチ(60分3本勝負)
ジャイアント馬場/アントニオ猪木/ミツ・ヒライ
(2-1)
スカル・マーフィ/クロンダイク・ビル/ジノ・ブリット
  1. マーフィ(体固め 13分45秒)ヒライ
  2. 日本組(反則 6分12秒)外人組
  3. 猪木(アバラ折り5分31秒)ブリット

日本側はBIの先輩にあたるミツ・ヒライが加わり、外人側はマーフィ、ビルのアジアタッグ選手権者コンビにブリットを従えての6人タッグマッチ。

ミツ・ヒライは、当時の日本プロレスでは、ミスター林とともに生え抜きとしては最古参だった。

「東京スポーツ」(2013年9月6日付)には、1960年の日本橋浪花町道場での一コマが掲載されたが、ジャイアント馬場や大木金太郎の体がまだ痩せている時に、ミツ・ヒライは体ができ上がっていることがわかる。

それはともかく、試合の方は、1本目はマーフィがヒライを沈める。2本目は外人組の暴走で辛くも日本組がタイとし、決勝は猪木がコブラツイストでブリットを斬って捨てた。

反則で1本もらってイーブンにして、格下のブリットを押さえての勝利。

いささか不完全燃焼といえなくもない。

マーフィ、ビルのアジアタッグ選手権者コンビが好調だ。

この当時は、シングルマッチに比べてタッグマッチはそれほど重要視されず、とくに6人タッグマッチは、地方興行の顔見せ的な感じだったが、3人の組み合わせによっては、そのカードの意味を解釈できる。

日本プロレス全史

日本プロレス全史

  • 作者: ベースボール・マガジン社
  • 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
  • 発売日: 1995/04
  • メディア: 大型本

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