坂口征二

坂口征二といえば、日本プロレス→新日本プロレス。キラー・トーア・カマタといえば、国際プロレス→全日本プロレスと、全く接点がない関係に見えますが、実は坂口征二がアメリカで試合をしていた頃、接点があったという話です。

キラー・トーア・カマタが全日本プロレスのシリーズに参戦するため来日すると、坂口征二はジャイアント馬場に許可をもらい、キラー・トーア・カマタと旧交を温めた、という話もあるほどです。

その意外な関係は、坂口征二自身がプロレス人生を振り返った、『東京スポーツ』(2009年9月16日付)に掲載されていた連載で語っています。

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ドリー戦の後、私をカンザス地区へと誘ったパット・オコーナーから「ユーとタッグを組む男だ」と紹介された奇怪な選手。それはキラー・トーア・カマタさんだった。
 東洋系にもハワイアンにも見える不思議な風貌。上背こそないが、ややポッチャリとした風貌が、アブドーラ・ザ・ブッチャーにも似ているし、明治大の先輩、サンダー杉山さんにも似ている。とにかく不気味だ。
 だがカマタさんはニッコリと満面の笑みで握手を求めてくる。その奇怪な風貌とは正反対に、実に気持ちのいい"好漢"と呼ぶのがピッタリな先輩レスラーだった。
 カマタさんはハワイ出身。奥さんが日本人で、日本人に特別な親しみを抱いている様子だった。日曜日には、私と利子を自宅に招いて食事をごちそうしてくれたり、アマリロと比べて格段に治安が悪いカンザスで、何かと親身になって力になってくれたものだ。
 カマタさんは、後に国際プロレスや、馬場さんの全日本プロレスに来日して?流血大王″の名で活躍されたが、不思議と新日本プロレスとは縁がなく、結局はカンザス以来、タッグを組むことも戦うこともなかった。
 当時は秘密にしていたが、カマタさんが全日本プロレスに来日していた頃、馬場さんに許可をもらい、こっそりとホテルを訪ねて再会し、懐かしい思い出話に花を咲かせたものだ。


坂口征二とキラー・トーア・カマタの関係だけでなく、カマタの人柄や、ジャイアント馬場と坂口征二の良好な関係もうかがえます。

まあ、キラー・トーア・カマタが新日本プロレスのリングに上がらず、全日本プロレスを主戦場にしたのはよかったと思いますが、坂口征二との関係があまり知られていないのは意外です。

キラー・トーア・カマタが国際プロレスに初来日した時、「カマタ」というから日系なのかと思いましたが、ポリネシア系でした。

日系もどきといえば、プロフェッサー・タナカが有名ですね。

しかも、プロフェッサー・タナカは、広島出身を名乗っていました。

そのときは知らなかったのですが、実はアメリカへの移民は、広島出身の田中姓の人が多かったというデータが実際にあるんですよね。

プロフェッサー・タナカ自身が考えたギミックか、どこかのプロモーターが考案したのかわかりませんが、プロレスラーのギミックも、奥が深いなと思いました。

昭和プロレス、サイコーです。

やっちゃるけん!―人間・坂口征二全仕事とプロレス史断章 (B.B.mook―スポーツシリーズ (301))

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  • 作者: 週刊プロレス
  • 出版社/メーカー: ベースボール・マガジン社
  • 発売日: 2004/05
  • メディア: ムック

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